貼雑歩録 Ver.2.0

日々の情報から拡散する好奇心と、思考の断片をスクラップブックのように書き留める試み。

植草甚一スクラップ・ブック2 ヒッチコック万歳!』(晶文社
ヒッチコック映画が見たくなってしまう。トリュフォーの『ヒッチコック 映画術』を読みながら、ヒッチコック映画を見るというのは本当に面白いし勉強になるのでお勧め。この本でもサスペンスとショックの使い分け、の話は面白かった。植草甚一は自分が好きなものに対してすごく正直に、そして夢中になって書いているのでとにかく好感度高し。

 これは普通よくある当りまえの演出であるが、ある細君が若い色男と関係しはじめた。或る日のこと、主人が商用でデトロイトへ出張したのをさいわい、情夫に電話しニューヨークにある自宅に呼びよせる。ここで検閲すれすれのエロ描写を見せておいてから、突然ベッド・ルームのドアが蹴やぶるように開いたかとおもった瞬間、ピストルを手にした亭主が凄い目つきで二人をにらみつけている。

 この場合、ショックは発生するが、サスペンスがともなっていない。

 では、どういう演出だとサスペンスが生まれるか?

 こうしてみよう。邪魔者がデトロイトへ出掛けたので、その留守、二人がいい気持ちになっている。この場面が転じて、亭主が飛行機から降りて歩きだすところ。ここで観客がオヤッと感じるのは、デトロイトの空港でなく、ニューヨークのラガーディア空港で彼が降りたことである。そこでタクシーに乗った彼が自宅へ帰ろうとしていることがわかってくる一方、場面はベッド・ルームへと戻って、情夫がネクタイをむすんでいるところとなり、ここからまた転じて、自宅前で停まったタクシーから降りた亭主が、家へはいろうとする。

(中略)

 そして、たぶんハハァとおもわれるだろうが、このとき彼がドアを蹴やぶってピストルを突きつけてもショックは発生しないことになる。

 こんなところがスリラーをつくる難しさで、一つの場面ではサスペンスとショックを両立させて演出するということが、だいたい不可能なのである。

 

(「ヒッチコックの秘密」より P139~P140)

ヒッチコック万歳! (植草甚一スクラップ・ブック)