貼雑歩録 Ver.2.0

日々の情報から拡散する好奇心と、思考の断片をスクラップブックのように書き留める試み。

出版流通対策協議会『本の定価を考える』(新泉社)
2冊読んで再版問題、なんとなくわかってきた。ポイントをまとめておこう。
  • 再販価格は競争価格
再販売価格維持制度(=再販制)は一見すると製造者側が販売価格を指定、価格競争を阻害するカルテルの様なものと思われがちだが、再販制は製造者ー流通ー小売り、という縦のラインでの価格を定めているのであって、カルテルの様な横の繋がりとは別問題。A社がある商品を1万で売る事を指示しても、B社が競合商品を9千円にしてきたら、A社は再販価格を下げざるをえない。要するに、企業間での価格競争を完全に阻害しているものではない。これは書籍に限らず、全ての再販制に共通。
  • 書籍の定価販売
書籍の定価販売の歴史は意外と長い。強く提唱し、定着させたのは岩波茂雄らしい。それまでは割り引き販売もしていたらしいが、どうせ定価の3割引で売るのなら、3割引いた値段を定価にすれば良い、と言っていたらしい。まぁとにかく書籍の定価販売の歴史は独占禁止法より古かったりする。商慣習として長期に渡り定着している、とか言われる理由はこれです。岩波茂雄の発言は再販制を擁護する論拠としては的外れだけど、逆に再販制が無くなったら出版社が何をするか、を容易に想像できる発言と言える。3割り引きされるなら、その分定価に上乗せする、ただそれだけ。ところで、書籍の定価は高いのか?
  • 書籍の定価
 
高くありません。何を根拠に言っているかというと、物価の推移です。書籍は物価の優等生で、戦後の電化製品などの値上がり等に比べると書籍の定価の上昇率は非常に低いのであります。他の商品に比べて本が再販制によって高く販売されているっていうのはどうも、信じられん。
  • 書籍の特殊性
 
商品としての最大の特殊性、それは書籍の代替不可能性。例えばDVDレコーダーならソニーでも松下でも、DVDレコーダーとして機能するけれど、書籍はそういう訳にはいかない。『ドン・キホーテ』が売って無かったから『ボヴァリー夫人』読めば同じかっていうとそんなバカな話はない訳で。
  • というわけで。
 
代替不可能な書籍と言う商品を売る場所としての書店は、多品種多量の在庫を店頭に陳列している事が望ましい。が、それを書店が自分の資金でできるのかというと、そんな訳ない。そこで委託販売性が成立する。この委託販売制と再版制はとても密接に関わっていることは容易に想像できますわな。では、再販制をやめて割引販売できるようになるとしたらどうなる?当然委託販売制は壊れます。書店が買切るからこそ在庫への価格決定権を持つ訳で。じゃあ価格が変動する(ほぼ、下に変動する)商品を多品種多量に揃えられるか、って絶対無理。1日に110点くらい刊行されてる新刊を揃えるなんて不可能、大型書店はベストセラー作品を安く販売したりはできるだろうけど、専門書などは店頭から消えて無くなると考えられる。
  • 店頭から消えるだけじゃない
 
出版社は日本に約5000社あるらしい。そのほとんどが中小零細出版。彼らは再販制によって一定の利益が保証されているからこそ、本を作る事ができている。発行部数の最小単位1000部の初版を5年~10年かけて売っていく、という事が珍しくない世界。小売りからは嫌がられて店頭にも並ばず、売れないから安く買い叩かれたりした日には、倒産まっしぐら。生き残ったとしても、専門書の類いは物凄い価格へと高騰する事が予想される。本には価格では計れない文化的価値がある、再販制の問題は経済的価値の側面からだけ見てはいけない。
  • 本の利益率
 
想像以上に低い。中小出版が無くなるなんて大げさな、と思っているかもしれないけれどそんなことない。掲載されていたモデルデータによると、224ページの平均的な厚さの本を1000部発行する際、印税を除いた原価は77万3378円。書籍の原価率は35%~40%が限度とされているので1冊当たり773円。原価率から1割の印税分を除いて、定価の30%が773円だと考えられるから、定価X=773÷0.3=2577円。定価は2600円、と言う仕組み。さて、これで印税分が確定。77万3378に26万の印税を加えて原価は103万3378円。これが専門書にも関わらず幸運にも2年で全て売れたとしたら2600×1000=260万ー103万で157万の利益?結構儲かる?いやいやこれが正しかったとしても月の利益は6万ちょい。正しかったとしても?そう、取次や書店の取り分がある訳だから正確な式は2600×0.68×1000=176万8000円。利益は約73万円、月平均・・・エグ過ぎて計算する気になりません・・・。当然人件費、事務所の経費とか、別の計算。再販制が崩れてただでさえ利益の薄い本を買い叩かれたら・・・。倒産ってのも大げさな話じゃない事がわかるはず。それは売れない本を出す奴が悪い?市場原理に従って淘汰されるべき?
  • 再販制無くせば本は安くなるのか?
 
ベストセラーとか大量生産品は定価の2割、3割引は当たり前なんてなるかも。ただ、その定価も2割、3割増しでつけられている可能性は高い。結局対して安くは買えない、と思うのだけどそれは都心の恵まれた読者の話。地方の本屋ではどれだけ値引きするかわかったもんじゃない。都心で3割引で売られている本も2割しか引かないかも、その可能性はでかい。その時、割増しされた定価から2割しか引かなかったら以前より高く買わされることに。輸送費などコストが高いのだから当然だ、って売る側は言うだろうけれど・・・。
  • 海外で再販制禁止したら・・・
予想通り新刊の刊行点数が激減、専門書などが値上がり、店頭にないので読者からも不満が、なんて状況が本当に起こってフランスの場合すぐに再販制に戻ったそうな。
  • 再販制は大手を守ってる訳じゃない
 
一部大手の利益を保護してる訳じゃない。大多数の中小出版を守ってる制度ってのは詭弁でもなんでも無く本当の事。その証拠に、大手は再版制無くなっても大した打撃を受けないらしい。むしろ本音の部分では廃止されても良いと思っているのだとか・・・。理由は出版社の淘汰が起こるから。大手の業務拡大には今の再販制はかえって足枷になっているという噂。
  • どっちかというと
 
問題は2大取次の寡占、に潜んでいる気もする。が、この問題は根が深そうなのでこれから業界で働いてみないとわからない。結構えげつない事、色々ありそう。大手は優遇されてたり、新規取引先には厳しい条件提示したり・・・。

ISBN:4787791230