貼雑歩録 Ver.2.0

日々の情報から拡散する好奇心と、思考の断片をスクラップブックのように書き留める試み。

後藤明生『挟み撃ち』(講談社文芸文庫
「ゴトウメイセイ」と読む。再読して凄さを思い知った。1人の男が、20年前に着用した外套の行方を1日費やして訪ね歩く。ただ、それだけの話。要約してしまえばわずか1行余りのストーリーに、256ページが費やされる。これを読んで面白いと思うという事は、ストーリー以外の何かに面白みを感じていると言うこと。波瀾万丈、喜怒哀楽、手に汗握る物語を楽しむだけが小説じゃないんだな、としみじみ思う1冊。逆に、小説にそれしか求めなくなってしまっている人には退屈きわまりない1冊だとも思う。妙に印象深い出だしを引用しておく。

 ある日のことである。わたしはとつぜん一羽の鳥を思い出した。しかし、鳥とはいっても早起き鳥のことだ。ジ・アーリィ・バード・キャッチズ・ア・ウォーム。早起き鳥は虫をつかまえる。早起きは三文の得。わたしは、お茶の水の橋の上に立っていた。夕方だった。たぶん六時ちょっと前だろう。

挾み撃ち (講談社文芸文庫)