貼雑歩録 Ver.2.0

日々の情報から拡散する好奇心と、思考の断片をスクラップブックのように書き留める試み。

村上龍『半島を出よ 下』(幻冬舎
下巻は一転して単なるシュミレーションではなくなってきた。物語が動き出したというのかな。『69』でのバリ封と基本的には変わらない気がする。そりゃ青年たち各人の強烈な個性がうまい事絡まり合って一大プロジェクトを成功させるわけで圧倒的なうんちくと共にそれなりに楽しい。読んでいて思い出したのは中国の「孟嘗君」のお話。一芸に秀でた人達を食客として養っていて、彼らが後で思いがけずに大きな仕事をするというお話。鶏の鳴きまねができる奴のおかげで一番鶏が鳴いたと思わせて門開かせたり、とか。普段何の役にもたっていない人物たちの個性がうまい事絡み合って凄い事になっちゃう類いのお話は、やっぱり楽しい。個人的には双眼鏡を渡すシーンが気に入った。初めてモノを人と共有する瞬間で、何かが変わり始めている事をあっさり3行程度で書いてる所がお気に入り。もし映像化する事になったらここはなるべくシンプルにしてほしいな。馬鹿な監督だと説明しちゃいそう・・・。もっと馬鹿だとカットしそう・・・。

 何か見えるか、とフクダが不安そうな顔で聞いて、人が大勢いますけど遠くなんでよくわかりません、とモリは答えた。それを聞いて何かを思いついたようにトヨハラが起きあがり、キッチン脇の帽子掛けに吊るしていた双眼鏡を手に取り、モリのところまで持ってきた。これ、ドイツ製だから。トヨハラがそう言って、わかった、とモリはうなずいて双眼鏡を受けとった。

 

 

「2011年4月6日 死者の舟」より P.74-75

 

半島を出よ (下)