貼雑歩録 Ver.2.0

日々の情報から拡散する好奇心と、思考の断片をスクラップブックのように書き留める試み。

中上健次『十九歳の地図』(河出文庫
たまには硬派な文学青年に戻ってみる。重厚感のあるちゃんとした小説は久しぶりだったのとにかく新鮮だった。中上健次が死ぬのも早すぎたなぁ。やっぱり中上健次は良いです。まぁ重苦しくて読みづらいって人もいるかもしれんけど、またその文体が癖になるというか、しみじみと良いのよね。荒削りというか、不穏というか。小宮山書店とかで初版本でも集めながら折に触れ読み継いでいきたい作家。どうでもいいけど↓の犬、大道の犬を連想してしまいました。ISBN:4309400140

犬が坂をのぼってキャバレーのウェイトレス募集のビラをべたべたはった電柱の脇で、ポリバケツをひっくり返し、食いものをあさっていた。茶色の犬はぼくが近づくと歯を剥き出しにしてうなり逃げ出そうともしなかった。ぼくは走るのをやめ、四つんばいになり、ぐわあとのどの奥でしぼりあげた威嚇の声をあげた。犬は尻尾を後脚の間に入れ、背後から近づこうとしたぼくに頭をねじって唸りつづけ、ちょっとでも自分に触れば噛みちぎってやるというかまえだった。ぼくは立ちあがった。ぼくは犬ではなく、人間の姿に戻り、それでもまだ犬のように四つんばいになって犬の精神と対峙していたい気がしていた。犬の精神、それはまともに相手をしてもよい十分な資格をもっている気がした。この街を、犬の精神がかけめぐる。

 

「十九歳の地図」より P.90-91